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福岡地方裁判所小倉支部 昭和55年(ワ)762号 判決

事件

原告

今村恵治

右訴訟代理人

中尾晴一

住田定夫

三浦久

吉野高幸

安部千春

前野宗俊

高木健康

田邊匡彦

配川寿好

臼井俊紀

被告

学校法人東筑紫学園

右代表者理事

宇城力子

右訴訟代理人

阿川琢磨

畑尾黎磨

(福岡地裁小倉支部昭五五(ワ)第七六二号、雇用関係存続確認等請求事件、昭58.5.24第二民事部判決、棄却・控訴)主文

一 原告の請求をいずれも棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、昭和五四年四月一日以降毎月二五日限り月額金一〇万九、四四〇円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告は、肩書地において、東筑紫短期大学、同附属高等学校(以下「附属高校」ともいう。)、同附属中学校及び同附属幼稚園を開設している学校法人である。

(二) 原告は、昭和五二年一〇月二五日、被告に附属高校の非常勤講師(担当科目、数学)として雇用され、その後、昭和五三年一月一日、同年四月一日と、被告より右雇用契約の更新を受けてきた者である。

2  被告は原告に対し、雇用期間満了(満了日、昭和五四年三月三一日)を理由に、昭和五三年一二月一一日書面で、昭和五四年二月二四日には再度口頭で契約更新拒絶(傭止め)の意思表示をなし、同年四月一日以降、原告を非常勤講師として取扱わず、その就労を拒絶して今日に至つている。

3(一)  雇用契約の存在

(1)契約の締結

被告は、昭和五三年四月八日、宇城大六附属高校長を通じ、原告と昭和五三年四月から昭和五四年三月までの一年間は非常勤講師として、同年四月以降は専任教諭として雇用する旨の雇用契約を締結した。

(2)締結に至る経過

原告は、昭和五一年暮から同五二年一月ころ被告附属高校の専任教諭として就職の推薦を受けたが、附属高校側の受入体制がなく保留されていた。

昭和五二年一〇月には数学科担当の武田武夫専任教諭(以下専任教諭を単に「教諭」とのみいう。)が病休することになり、原告は同月二〇日に、同月二五日から同年一二月二〇日までの期間、一応同教諭の代用教員(非常勤講師)として採用された。しかしながら同年一〇月二〇日には同じく数学科担当の竹腰恵美子教諭がメニエール病で病休することになつたため、原告は急遽竹腰教諭の受持ち時間を担当することになり、これを一二月二〇日まで担当した。ところが竹腰は、引続き三学期も欠勤することが確定したため、原告は契約の更新を受けて昭和五三年一月一日から同年三月三一日まで再び竹腰の代用教員として勤務した。

ところで、竹腰の病状は好転せず、昭和五三年三月一二日には右竹腰教諭から退職願が提出され、又同月には武田教諭も定年を一年残して退職を願出たため、昭和五三年四月以降数学科について二名の教諭が不足するおそれが生ずるに至つたが、予めこのような事態の発生を予測した被告は、末広博睦教頭を通じて原告に対し、昭和五三年二月下旬ころと三月二〇日ころ、昭和五三年度から常勤講師又は専任教諭として原告を雇用する旨を一旦は約したものの、後刻新たに附属高校における昭和五三年度採用の生徒数が大巾に減少することが判明したため、被告は経費を節減する目的から、同年四月八日に至り、更めて原告を昭和五三年四月から同五四年三月までは非常勤講師として雇用することとするが、昭和五四年四月からは、既定方針どおり、教諭として雇用する旨の雇用契約を締結したものである。

(3)右契約締結後の原告の処遇

原告は、右の契約締結後被告から他の非常勤講師と異なる特別の待遇を受けたが、その詳細は後記(三)に主張するところと同一であるからこれを引用する。

(二)  右述のごとく、昭和五四年四月から原告を専任教諭として雇用する旨の契約があつたから、原告に対する本件更新拒絶の意思表示は解雇の意思表示と異ならないというべきところ、解雇の意思表示は、解雇を相当とすべきなんら正当な事由がない意思表示であるから、解雇権の濫用に外ならず、無効である。

(三)  仮に、(一)の事実が認められないとしても、原告に対する本件更新拒絶の意思表示は、次の理由で無効である。即ち、

(1) 期間の定めのある雇用契約において、被用者が期間満了後の更新を期待することに合理的理由が存する場合には、労働保護法規における解雇制限を潜脱する結果を防ぐためにも、雇主が更新を拒絶する特段の合理的理由の存しない限り、更新拒絶は労使の信義則上許されないと解すべきである。

しかして本件は被告の更新拒絶が許されない場合であるが、以下(2)ないし(4)においてその理由を詳述する。

(2) 原告が更新を期待する合理的理由について

原告の雇用契約は既に二回更新され、その契約期間も二ケ月から三ケ月、一年と次第に長期となつた上、附属高校の末広教頭は、昭和五三年二月下旬には原告に対し、昭和五三年度より「専任又は常勤にする。」旨、同年三月二〇日、専任教諭及び常勤講師としての地位を含んだ意味で「常勤にする。」旨それぞれ言明し、同校宇城校長は原告に対し、同年四月八日の辞令交付の後、「今年度は生徒減で理事会に申請できなかつたが、来年度は事情が好転すれば理事会に専任の申請をする。」旨言明した上で、恒例の桜見の席上全職員に対し、「今年は生徒減で残念ながら出来なかつたが、来年は原告は専任になるので今年から職員会議に出席するから承知して下さい。」と紹介し、昭和五三年度から次の(イ)ないし(ト)のとおり原告を専任教諭と同様の取扱をなした。

(イ) 非常勤講師のうちでは原告のみ職員会議への出席(但し、進級認定会議と入試の合否判定会議の二回だけ退席)を要求した。

(ロ) 職員室における机の配置について、非常勤講師用の机が設けられていたが、原告のみ常勤講師及び専任教諭と同じ位置の机を使うことになつていた。

(ハ) 非常勤講師は私学共済組合への加入を認められなかつたが、原告のみ認められた。

(ニ) 他の非常勤講師と異なり、交通費の支給が行われていた。

(ホ) 学校行事へも全て参加し、常勤講師あるいは専任教諭と全く同一の勤務体制をとつた。

(ヘ) 出勤簿についても、非常勤講師のところではなく、常勤講師と専任教諭の欄へ組み込んでいた。

(ト) 職員間の連絡体制として組織されていた職員連絡網についても、その一覧表の中に原告名が記載されていた(他の非常勤講師は一名も記載がなかつた。)。

(3) また附属高校は、昭和五三年度には六八名の教員を雇用していたが、そのうち一一名は非常勤講師であり、これら非常勤講師、ことにその中でも原告については、その職務内容は、常勤の教員と変らぬ週一八時間の授業が割り当てられており、非常勤講師が欠ければ学校教育は一日たりとも持続できない状況にあつた。こうした状況をみるとき、附属高校にあつては、非常勤講師は、まさに一時の必要性から非常勤として雇い入れるという性格のものでなく、本来ならば常勤の教員として人員を確保すべきところを、いつでも期間満了時に更新拒絶(解雇)する利便を確保するために、換言すれば、労働保護法規を潜脱するために、非常勤講師という形式をとつて雇い入れていたというべきである。

(4) 一方、被告の原告に対する更新拒絶には、何ら特段の合理的理由がないのであるから、本件更新拒絶の意思表示は、許されるべき理由がなく無効である。

4  原告は、昭和五四年四月以前は毎月二五日に金一〇万九、四四〇円の賃金の支払を受けていた。

5  よつて原告は被告に対し、労働契約関係存在確認と昭和五四年四月一日以降右4記載の賃金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)の事実は認める。

同1(二)の事実は認める。但し、雇用期間は左の期間であつて、労働契約ではなく準委任契約である。

(一) 昭和五二年一〇月二五日から同年一二月二〇日まで

(二) 昭和五三年一月一日から同年三月三一日まで

(三) 同年四月一日から昭和五四年三月三一日まで

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)は全部否認。

4  同3(二)は争う。

5  同3(三)の前段及び(1)は争う。

(2)の事実は否認。被告が、昭和五三年度において原告を常勤講師又は専任教諭と同一に取扱つたことはない。原告が主張する(イ)ないし(ト)の取扱事例は、いずれも常勤講師又は専任教諭と非常勤講師とを区別する本質的な基準(校務分掌義務の存否と賃金体系)に該当せず、末梢的な事柄にすぎない。即ち、

(イ) 被告が原告に対し職員会議への出席を要求したことはなく、ただ原告からその申し出があつたので支障のない限り同席をすることを許したことがある。しかし、職員会議は校務を分掌する専任教諭を以つて構成される審議機関であるから、校務を分掌せず議決権を有しない原告は同席しても傍聴するだけであつて職員会議に参加したということはできない。なお秘密にわたる事項の審議にあたつては原告を退席させていた。

(ロ) 原告が一時期専任教諭の机を使用していたことはあるが、それはその机の専任教諭が病欠し、原告がその間その代替の非常勤講師であつたことによるものであつて、同教諭の退職後は非常勤講師の机を使用した。

(ハ) 原告が私学共済組合に加入していたことは事実であるが、これは原告が週一八時間の授業を担当し、毎日出勤の勤務形態であつたことから共済組合独自の基準により加入を認められたものにすぎず、この取扱基準をもつて被告における原告の地位の判断基準とすることはできない。

(ニ) 被告においては毎日出勤の通勤者には非常勤講師であつても交通費を支給する好意的取扱が行われており、ひとり原告のみの特別扱いではない。

(ホ) 原告が学校行事に参加したという事実はない。学校行事の参加は校務分掌義務に基き割当てられたところによる一定の職務の遂行を意味するのであつて、原告が学校行事の行われる場所にいたとしても校務分掌を伴わない以上学校行事に参加したということができない。

(ヘ) 原告の出勤簿は常勤グループに編綴されていたが、常勤グループ、非常勤グループのいずれに編綴するかは毎日出勤者であるか否かという事務処理上の便宜の問題であるにすぎない。

(ト) 原告が連絡表の連絡網に組み入れられていたことは事実であるが、これは毎日出勤者については交通スト・風水害等の場合に必ずかつ能率的に休校の有無等を連絡する必要があるからであつて、毎日出勤者でない者には関係者にのみ個別的に連絡するシステムである。従つて、連絡網への組み入れも単に事務処理上の便宜の問題にすぎない。

原告が週一八時間の授業を担当し、そのため毎日出勤したことは事実であるが、原告には校務分掌義務がなかつたから、授業時間の如何に拘らず定刻に出勤し、定刻まで在校する義務は課せられていなかつた。

(3)の事実は否認。被告の高校の専任教諭の人員は公立高校の教員定数の算定基準に準じて算出確保されており、専任教諭の恒常的定員不足を非常勤講師によつて補つているという事実はない。非常勤講師という職種は、各教科の週授業時間数のうち専任教諭の担当時間数(一人当たり一八時間)からはみ出した端数時間の発生、専任教諭の不時の退職・休職、専任教諭のうち校務分掌上の地位に起因する授業時間軽減、各年度の生徒数の変動等の各要因により学校経営上不可避的に生ずるものであつて、労働保護法規潜脱の目的で作出されるものではない。

(4)は争う。

6  同4の事実は認める。

三  被告の主張

被告は原告に対し、嘱託期間満了を理由に契約更新拒絶の意思表示をしたが、その理由は本来原告が病欠の専任教諭の代替講師であつたこと、右教諭が新卒採用者であつてその退職後の後任には同一教科(数学)の専任教諭の年令構成上右教諭と同一の新卒者又はこれに準ずる者を採用する必要があつたこと及び昭和五四年四月にはその条件を満たす者が採用できたこと等の事情によるものであるから、被告の更新拒絶の意思表示は正当であつて、その間になんら違法、不当な廉はない。

四  被告の主張に対する反論

1  昭和五二年一〇月二五日付第一回目及び昭和五三年一月一日付第二回目の各雇用は、数学科担当の武田、竹腰各教諭の病気休職に伴うものであるが、同年四月一日付第三回目の雇用は、第一、二回目と事情が異なり、単なる代替講師ではない。即ち、昭和五二年一二月ころから昭和五三年二月ころにかけて、竹腰教諭の病状がおもわしくなく、かつ同年三月一二日には退職願が提出され、同年三月一四日にこれが受理された経過の中で、被告としては、数学の専任教諭を補充しない限り、昭和五三年度以降必要教員数が一名不足することを同年初めころから考慮していたと思われるが、前記主張のとおり附属高校の教頭は原告に対し、昭和五三年度は専任又は常勤にする旨通告し、又、校長は原告に対し、同年度の辞令を交付した後、「今年度は生徒減で理事会の方に原告を専任教諭にする旨の申請をしにくかつたが、もう一年待てば理事会に専任教諭の申請をする。」旨約束し、専任教諭並の特殊待遇をしたものであるから原告は単なる代替講師と評価されるべき存在ではなかつた。

2  加うるに、昭和五四年三月末日には定年まで一年を残して武田教諭も退職し、数学科の専任教諭として新たに二名の補充が必要であつたにも拘らず、被告は、前記合意に反して原告の身分を正式の専任教諭として取扱うことなく、田尾教諭を新たに採用する一方、工業の教員免許のみで数学の免許を有しない中野教諭を急遽理科担当から数学担当に配置換えし、そのため被服科の化学の授業を余儀なくカツトする措置に出たが、県の指導により、結局右の措置を撤回し、昭和五五年度から再びカリキュラムを元通りに戻すという、教課編成上及び教員組織上極めて拙劣な事態を招いた。

3  右の1、2の事実は、これを要するに、被告の本件更新拒絶に合理的な理由がないことの証左である。

第三  証拠〈省略〉

理由

一当事者について

1  請求原因1(一)の事実は、当事者間に争いがない。

2  原告が、昭和五二年一〇月二五日、被告から被告附属高校の非常勤講師(数学担当)として委嘱され、その後、昭和五三年一月一日、同年四月一日と、被告から右委嘱の更新を受けてきた者であることは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、右各嘱託期間は、第一回目は昭和五三年一〇月二五日から同年一二月二〇日まで、第二回目は昭和五三年一月一日から同年三月三一日まで、第三回目は同年四月一日から昭和五四年三月三一日までであることが認められる。

しかして、原、被告間の右委嘱の性質について、原告は労働契約であると主張するのに対し、被告は民法上の準委任契約であると抗争するところ、被告が労働基準法八条一二号所定の教育事業を行うものであることは前認定のとおりであり、〈証拠〉によれば、原告は、毎週、被告から定められた日に、定められた時間数学の授業を担当してきたものであること及び出勤簿への捺印等を義務付けられていたことが認められるところからすれば、少なくとも、原告は、授業の時間等被告の業務を遂行している間、その指揮監督下に置かれていたといわなければならず、また、原告が被告から賃金の支払を受けていたことは、当事者間に争いがないのであるから、右諸事情に照らせば、原告が同法九条にいう労働者に該当することは明らかであり、原被告間の委嘱の性質は、同法第二章に定める労働契約というべきである。

二請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

三原告は、昭和五三年四月八日、原、被告間で、昭和五四年四月から専任教諭として雇用する旨の契約が締結された旨主張するけれども、これに符合する〈証拠〉は、〈証拠〉に対比して遽かに措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はないから、当該契約の成立を前提とする請求原因3の(二)の主張は理由がない。

四本件更新拒絶(傭止め)の意思表示の効力について

ところで、原告は、期間の定めのある雇用契約について、被用者において期間満了後における更新を期待することに合理的理由が存する場合には、雇主において更新を拒絶する特段の合理的理由の存しない限り、更新拒絶は許されないと解すべきであり、本件更新拒絶(傭止め)の意思表示は、右要件に適合せず無効であると主張する。

確かに、期間の定めのある雇傭契約であつても期間の満了毎に当然更新されあたかも期間の定めのない契約と実質において異ならない状態にあつて当事者も右契約の更新継続を当然のこととして期待信頼してきた場合には更新拒絶を正当とすべき特段の事情のない限り、期間満了を理由とするいわゆる傭止めは実質において解雇であり、労使の信義則上許されないと解するのが相当である(最高裁判所昭和四九年七月二一日判決)。以下これを本件についてみるに、

1  次の各事実は、当事者間に争いがない。

(一)  原告が、職員会議に出席したことがあること。

(二)  職員室における机の配置について、非常勤講師用の机があつたが、原告が専任教諭用の机を使用していたこと(但し、期間の点は除く。)。

(三)  原告が共済組合への加入を認められ、加入していたこと。

(四)  原告が被告から交通費の支給を受けていたこと。

(五)  原告の出勤簿が常勤グループに編綴されていたこと。

(六)  原告が連絡表の連絡網に組み入れられていたこと。

(七)  原告が、常勤の教員と同様週一八時間の授業を担当していたこと。

2  前示当事者間に争いがない事実、認定事実、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  原告は、昭和五一年一二月ないし昭和五二年一月、被告高校の専任教諭として採用されることを希望し、槻田中学校の田島教諭の紹介により、被告高校の末広教頭に履歴書を提出したが、そのころ被告高校においては専任教諭を採用する必要がなかつたことから、原告採用の運びとならず、末広教頭は右履歴書を預つたままに止つたところ、昭和五二年一〇月ころ、被告高校においては、数学担当(授業持時間一八時間)の武田専任教諭が病休することとなり、その分を鞍手高校の山下教諭に委嘱することとした。しかしながら、同教諭は一〇時間しか授業を担当する余裕がなかつたことから、必要残時間の授業につき、被告は原告に対し新たにその担当を委嘱し、武田教諭の病休に対処することとしたが、折悪しく同じく数学担当(授業持時間一八時間)の竹腰専任教諭も急病のため授業できない事態が生じたため、結局、原告に対し竹腰教諭の代替を委嘱することにして、同年一〇月二五日、嘱託期間を同日から同年一二月二〇日までと定めた上、非常勤講師として原告を雇用した。しかし、竹腰教諭の病状はその後も好転せず、昭和五二度三学期の授業に支障をきたすおそれが生じたため、被告は引続き、昭和五三年一月一日、嘱託期間を同日から同年三月三一日までと定め、前同様非常勤講師として原告を雇用したが、竹腰教諭の病状はその後においても依然として軽快せず、同年三月一二日には同教諭から退職願が提出されるに至つた。ところで、被告としては、全学的見地からみて数学担当教諭の年令構成に無理がいかないよう配慮する必要があると同時に竹腰教諭が新卒で採用された二〇才代の教諭であつたことに徴して、予てから同教諭の後任者は新卒又はこれに準ずる者が望ましいと考えていたが、あいにく時期的にみて適当な後任者を採用することが困難でもあつたところから、取敢えず昭和五三年度は、今一度原告に引続き数学の授業の担当を委嘱し、昭和五四年度には改めて竹腰教諭の後任を採用することとし、昭和五三年四月一日、嘱託期間を同日から昭和五四年三月三一日までと定めた上、非常勤講師として原告を雇用した。

しかして、被告高校は、昭和五四年度を迎えるにあたり、竹腰教諭の後任として新卒の田尾教諭を採用したが、武田教諭が昭和五四年三月をもつて退職することになつたため、それまで理科担当の中野専任教諭を数学担当に配置転換して対処し、理科の授業については、教育指導要領の先取りとして被服科の化学の授業を廃止して被服の専門授業に切り替えることとした。

そこで、被告高校は原告に対し、雇用期間満了(満了日、昭和五四年三月三一日)を理由に、昭和五三年一二月一一日書面で、昭和五四年二月二四日再度口頭で契約更新拒絶(傭止め)の意思表示をなした。

(二)  被告高校の専任教諭の人員は公立高校の教員定数の算定基準に準じて算出確保されているところ、被告高校が非常勤講師を雇用する理由は、各教科の週授業時間数のうち専任教諭の担当時間数(一人当り一八時間―公立高校と同じ)からはみ出した端数時間の発生、専任教諭の不時の退職・休職、専任教諭のうち校務分掌上の地位に起因する授業時間の軽減及び新規採用者の試用期間上の身分等に基因して生ずべき不測の事態に備え、授業の円満な編成と運営に資するためである。

(三)  被告高校の職員会議は、通常毎月最終土曜日に開催され、校務運営のための諸決議等がなされているが、原告は、右職員会議への出席を希望し、被告高校は差し支えない限り右会議の出席を許可したものの、生徒の進退等に関する重要案件に関してはその都度退席を求めていた。

(ロ) 職員室の机の配置、使用状況について、昭和五二年度は、原告は竹腰教諭の代替として同教諭の机を使用し、山下非常勤講師は武田教諭の代替として同教諭の机を使用し、昭和五三年度は、原告は、前年度村上尚代専任教諭が使用していた位置の机を使用し、非常勤講師一般の机と異つていたが、被告高校においては、机の配置、使用は必ずしも当該机を使用する職員の身分と直結するものではなく、むしろ、年度毎又は職員の出欠に応じ且つ専任、常勤或は非常勤各職員の感情的対応を配慮して決められることがあつた。

(ハ) 私学共済組合の加入について、原告は、その申出により、昭和五三年度、加入の手続がなされて加入が認められたが、右は、原告において、毎日出勤で賃金が一定しているという同組合加入の必須条件を満した結果であつて、直ちに原告が非常勤以外の身分を取得したことの証左となるものではなく、現に被告高校においても、非常勤講師で私学共済組合に加入を認められたのは独り原告のみに非ず、過去に上条非常勤講師の事例がある。

(ニ) 被告高校は非常勤講師に対し交通費を支給していなかつたが、原告については毎日出勤であり、家庭の経済事情(長男が在京の大学に遊学中)をも特別に考慮して交通費の支給をしたが、右は特別の優遇措置であるにすぎず、それ故に原告が非常勤以外の身分の取得を期待できる筋合いではなかつた。なお、附属高校における同一事例として毎日出勤の末吉非常勤講師の例がある。

(ホ) 学校行事を中心とする勤務体制について、原告は学校行事には自発的によく参加したが、校務分掌の義務を課せられてないのはもとより、現実に恒常的な分掌に関与せず、ただたまに専任教諭らのみでは手が回らない場合、一時的に応援の意味で校務分掌を持つたことがあつたにすぎない、のみならず、右校務分掌も学校運営における中枢的な役割を荷うものではなかつた。

(ヘ) 出勤簿について、昭和五三年度の原告の出勤簿は常勤グループ(専任教諭及び常勤講師)に編綴されていたが、これは有村庶務係主任において、原告の毎日出勤の実態を考慮して単なる事務手続上の便宜のため採つた措置にすぎず、原告と取扱を異にした末吉非常勤講師の場合は、同講師が年度途中から採用され毎日出勤になつたという偶然の事情によるものである。

(ト) 連絡網について、原告は、他の非常勤講師と異り、連絡表の連絡網に組み入れられていたが、右連絡表は毎日出勤者について交通スト・風水害等の場合における休校の有無等を連絡する必要上作成されていたものであるところ、非常勤講師のうち原告のみが組み入れられていたのは、単に、年度当初、原告ひとりが毎日出勤する非常勤講師であつたというだけの事情に基づく。なお原告同様毎日出勤であつた末吉非常勤講師が連絡網に組み入れられてない理由は、偶々同講師が年度途中採用であつたという事情によるにすぎない。

(四)  前記(一)のとおり、昭和五四年度、中野専任教諭を理科担当から数学担当に配置転換したが、同教諭は工業の教員免許を有するのみにて、理科、数学とも教員免許を有しなかつたが、一応助教諭の資格で両科目とも教鞭をとることができた。

(五)  前記(一)の昭和五四年度の被服科の化学の授業カツトの措置は県の教育委員会の容れるところとはならず、昭和五五年度から元通りの授業を行うこととなつたが、その担当者は他の教諭をもつてこれを充てた。

(六)  被告高校において専任教諭、常勤講師を採用する手続は、校務運営規程に基づき、形式的には先ず校務運営委員会で検討作成された素案が職員会議で審議承認された後、これを受けて校長が理事長に対し審議の結果を具申して発令を求めるという手順をふむとされているが、実質的には職員会議の審議の結果が高く尊重される慣行であつたところ、原告について専任教諭又は常勤講師に採用する案が校務運営委員会ないし職員会議で検討された事跡はない。

3 右2の認定に係る諸事実を総合すれば被告の原告に対する三回の非常勤講師の委嘱は、そのいずれもが病休等教諭の一時的代替の性質、程度以上のものではないことが明らかであつて原被告間の雇傭契約が実質において期間の定めのない状態であつたとは到底認められないし、また、2(三)の(イ)ないし(ト)の認定の諸事実は、所詮学校運営ないし職員人事に関する事務的又は末梢的な事柄にすぎず、或は原告に対する被告の特別な好意的待遇といえることはあつても、原告において昭和五四年度以降も契約が当然更新され継続して雇傭される旨期待する客観的、合理的期待がある状況になかつたことを明らかに示すものであり、契約更新に対する原告の期待は個人的且つ主観的な期待ないし願望にすぎないという外はないし、また、本件の場合、原告を含む非常勤講師に対する被告の雇傭体制が労働保護法規の潜脱を目的とする違法不当なものともいえない。

4 してみると原被告間の雇傭契約は昭和五四年三月三一日の期間満了によつて終了するものであつて、その傭止めに解雇の法理を適用する余地はないと解すべきであるから、原被告間の雇傭関係は右期間の満了をもつて終了したといわなければならない。

他に被告の更新拒絶の意思表示を無効とすべき事情を窺うべき証拠はなく、この点の原告の主張は失当であつて採用できない。

五結論

以上の次第にて、原告の本訴請求は、その余を判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鍋山健 渡邉安一 渡邉了造)

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